This Category : 人にまつわる話
World Travelerと私の一人ランチ
さて、その友人と言うのがジャーナリスト、フォトグラファー、World Travelerというユニークな生き方をしている人です。今年の3月に8ヶ月間かけたアフリカ、ロシア、中央アジアの旅から帰国して、アメリカ国内で講演したりしていたようですが、またアフリカへ6ヶ月間出かけると言うことで、会いに出かけたようです。
実は私もファン♡
相棒よりも3つ年下で(お腹も出てないし)、ソフトな笑顔でウインクされるとドキドキ(♡♡)
独身で彼女も居ないそうです(家に居ないんじゃあね。。。) 相棒と二人でアメリカ女性の手酷い仕打ちについて傷を舐めあっていました。
でも、彼に会うときに、私を一緒に連れて行ってくれなくなったんですよね〜(ーー;) 下心がバレるような気がして、「私も行きたい」とも言い出せず。残念!
次は会えるかしら。。。(会いたい♡)
いつも、横で猛獣がお腹を空かせているので、なかなか食事の写真を撮る機会がありません。なので、今日は一人ランチをご紹介します。
Flounderのムニエルとにんじんサラダです。

Flounderを辞書で見ると、”ひらめ”とあるのですが、身がクリームのように柔らかくて平べったいままソテーしても、オーブンで焼いても今ひとつでどうやって食べてよいものやら思案していました。骨も皮も処分されているので、煮物にも出来ないし。混ぜ寿司にいいかもしれませんね。とにかく、特価で1箱買ったので冷凍庫に大量にあるのです。

そこで、レシピを探していたら、この”くるくる巻き”が目に留まりました。ちょっとコツはいりますけど、これならいい感じです。しかもタルタルソースと合う!
このタルタルソースは自家製のきゅうりのピクルス、玉ねぎ、ゆで卵、マヨネーズとレモン汁を混ぜただけなのですがおいしい♪ 本当はパセリも入ります。
にんじんサラダは、家にあるOriental料理の本からのレシピですが、まあまあです。にんじんが沢山食べられるのがメリットですが、もう一工夫必要かなぁ。

こちらは、William Sonomaのサイトからのレシピでパンを焼きました。
これはなかなか美味しかったです。

Bread Flour(強力粉)に全粒粉、ライ麦粉、Whear Bran、Oats、が加わり、甘みはハチミツとモラセスだけ。フットボールサイズの生地にハチミツもモラセスも大匙二杯つづですが結構甘みがあります。油脂は全く使用しないのに、しっとり。
しかし、実は。。。間違えて水を2倍入れてしまいましたー(^o^)/
本当はバゲットのレシピなのに、NK Bread状態。パイレックスのお世話になり、上手に焼けました。ですので、”あるべき姿”でクープを開かせてみたいのです。リベンジします。
(リベンジ多いよね^^;)
Freaking out & Panicking
来期のカリキュラムが心配でしょうがないので、あーだこーだ不安を抱えては質問攻め。
でも、いいんです。授業料高いんだから。
しかし、温和な彼女の目じりににじむ、彼女の限界ライン
にちゃーんと気がついています、私。ところで、この「限界ライン」もしくは「許容量レベル」とでも言おうか、メンタルキャパシティとでも言うのでしょうか、アメリカ人って結構ちっちゃめと感じるのは私だけでしょうか。言い換えれば、あまり我慢が出来ない(しない)というか、気持ちの赴くままというか。。。
念のため、決して批判をしているわけでなく、面白いな〜と思って観察しているのです。
例えば、以前の日記にも書いたのですが、知人数人でOmahaに出かけたときの話。
ハイウェイへ通じる道路が見つからず、みんなで右かな〜左かな〜とわーわー。
そこまでは良かったのだけど、大体同じブロックを3周ぐらいした辺りから、運転していたおじちゃんはハンドルを強く握り締め、車内のテンションがじわじわと高まってきて。。。。
いっせーのー、さ〜みんなで〜〜〜Freaking out!(パニック状態)
あのー路肩に止めて誰かに聞こうよ。
しかし、同居しているアニマル様もアメリカ人ではありませんが、結構簡単にパニクルことを最近発見しました。引き金は特定できないのですが、とってもちびっちゃいことで頭パンパン&レッツパニッキングゥ!
例えば、それはクリスマス帰国のために荷物をまとめていたとき。。。
ガレージから引っ張り出した家族へのお土産が、リビング一杯に広がり、どう見てもスーツケース二個に収まりそうになく、リビングの真ん中に立ちすくむアニマル様。
パニッキングボタンにスイッチが入るのが聞こえました。「ぷちっ」
「Oh, men! Shut Shut Shut!! (&涙目)」
(ぶっ)泣くなよ

そして、友人に頼まれたという小型テントを、必死になってどう見ても入りそうにないスーツケースに、ぎゅ〜ぎゅ〜押し込みますが、びよ〜んと飛び出します。「どうしても持って行きたいなら、サイズの合うダンボールで運べば大丈夫よ。」とアドバイスしたら、
「僕は今そういう問題について取り組むつもりはないっっ
」(どういう問題じゃ?)あっそう。
周りを見ていても、心のバイブレーション全開状態よく見かけます。
その割りに、あっさり忘れるような。。。
あんまり日本で見かけなかった光景のような気がするんですが、私の周りだけなんでしょうか?
気楽といえば気楽なんです。
「私それイヤです。私的には余裕ありませんから。」って、そういうところだけ身に着けつつある様な

物腰の強い彼女
初めの印象からアメリカ人と較べても「物腰が強い」なあ(←どう描写してよいかわからない)と思ったのですが、議論になるたびに母国とアメリカを比較して、母国の良さを主張しアメリカ社会を批判するのです。
昨日は同じ外国人の私が聞いていても不愉快に感じました。
「アメリカの個人主義が競争を助長し、国民が生活に安心感を得られない。」という短絡的な主張で、欧州で社会保障制度が充実していると言われる国々と比較していました。
彼女の主張は一理あるかもしれませんが、個人主義や競争を「悪」とするのは極論すぎるし、小国が発展している場合それぞれ特有の利点があるからではないかと思います。大国アメリカと違い、小国がゆえに発展できる条件もあるはずです。
また、個人主義や競争が助長されるのは、社会がそれを求める状況にあるからで、日本の加熱した受験戦争や、他のアジア諸国の先進都市部の状況を例に見れば、これらのCollectivistic(個人主義の反対語です)と言われる文化の中でも、親は子供に自立心と競争力を期待すると言う調査結果が出ています。アメリカだけが特別なわけではなく、どの国においても、多くの人が好むものに対して有効であれば個人主義的になる可能性はあるのではないでしょうか。
私だって、アメリカについてイヤだと思ったり変だと思うことは沢山ありますし、そういう話をすることもありますが、母国と比較してこっちが「優」でこっちが「劣」と言うようないい方はしたくないし、するべきじゃないと思うのです。
なぜかこの時はスイッチが入ってしまい、星条旗を背負って(←星条旗も私に背負われたくないと思うけど)、上記のような意見をぼろぼろの英語で(しかもボキャブラリーがないので短縮されてしまう。悲しいのう。。。)訴えました。
同じようにブラジル出身の女性も「こういう小国は気に入らなければ外国人を制限するわけだし、最高の国なんてどこにもない。私はブラジルを愛しているけど、問題だって沢山ある。」というような事を言っていました。
「そんなにアメリカが嫌いなら、いつでも母国に帰って良いんだよ。」です。
彼女の状況からして、アメリカへ移住したのはグリーンカードを抽選で得たか、難民として申請したかどちらかのはずです。彼女の言う「社会保障制度の充実した欧州の国々」で、母国民と同様の生活水準を得られるような資質や条件を、彼女が持っていないことは明白です。
彼女の母国が、のんびり平和で競争がなく、日々家族・地域のつながりを大切にして暮らしているのは、旧共産主義下で第一次産業が主要の地域の特長とも言えると思います。そういう生活にはその良さがあるのは分かります。しかし、彼女が満足ならばアメリカに来る必要はありません。
激しい内戦で苦しんで、凄惨な浄化を免れたいからこそ、アメリカに来たのでは?そして受け入れてもらったのではないんですか?
それにしても、アメリカ人クラスメイトの反応は興味深かったです。
湯気マークが立っている私と違い、みんなこういう状況(人?)に慣れているのかなんなのか、別に気を悪くする様子もなく、平静そのもの。彼女に対して、
一人の女性はニヤニヤしながら、「アンタ文句言う相手間違ってるわよ。」
もう一人の男性は「キミが頭いいのはわかってますよ。」
一枚ウワテ?
ポーランドから来た彼女
彼女は20歳の時、母国のメディカルスクールをあと1年で卒業ということで、夏休みを利用してアメリカに観光旅行にきました。そしてちょうどその旅行中に、突如母国で政変が起こり、海外へ出ていたポーランド人は帰国を拒否され、母国に入国できなくなったそうです。
常に政変の不安はあったものの、まさか今!という心境だったとのこと。いつ帰国できるのか全く目処が立たないまま、知り合った人に助けられつつ、アメリカ国内を転々とし、観光ビザを更新しつつ、アルバイトを続ける生活が続いたそうです。観光ビザは更新の申請をするたびに、「更新できるかどうかわからない」と告げられ、不安な日々を過ごしたとか。
しかし、魅力的な彼女、1年後にはアメリカ人男性と結婚し、離婚し、現在は2度目のご主人と幸せに暮らしておられるようです。結局母国へ帰国できたのは数年後だったとのことでした。
「よく、サバイバルできたね。」というと、「20歳だったから、怖いものなしだったのよ。すごい冒険!って感覚だったわ。」と明るく言っていましたが、いくら若かったといっても、たくましいの一言です。
彼女の弟さんは当時軍隊に所属していたため、政変の起こる直前に迫害を恐れて隣国へ亡命したとのこと。その後米国に保護を求めて、現在は同じくアメリカ在住です。彼女が当時20歳だったことを考えると、弟さんは10代の若者。
生まれた国が違うだけで、人の運命って大きく変わりますね。彼女たちを尊敬するとともに、自分は、たまたま平穏な暮らしを享受している、世界の人々のうちのわずが数%の一人なんだよな。。。と感じました。
BMWばあちゃん
知り合いに苦手なばあちゃんがいます。理由はいろいろありますが、ここでは割愛するとして、問題はなぜかいつもお誘いがかかるのです〜〜〜
そして怖くて断れないのです〜〜〜
女性と言うのは年齢とともに精神的な強さと威力を増して来るそうですが、もし「強いアメリカ女性」というイメージをお持ちでしたら、まさにこの彼女はそうでしょう。。。昔働いていた会社で目にした、アメリカ人役員のコワーイ奥様を思い出しました。
よくわからないのですが、彼女は私に親切です。雰囲気としては「恵まれない子供に愛の手を」という感じなのだと思います。良きアメリカ的施しの精神をふりまかなければ〜と言うところだと思います。
しかし、いかんせん彼女個人のメンタルキャパは狭く、すぐイヤになってしまうらしく、最後には親切をどううまく扱うか困ってしまう結果になります。
たとえば、彼女はBMWのコンパーティブルがご自慢です。どうしても私を家まで送り迎えすると言ってきかないので、しぶしぶついていくと、そこには光り輝くBMWコンパーティブルが!いろいろと機能を説明して、オープンカーにしたりとばあちゃんうれしそうでした。
「これから毎週授業の時には送り迎えしてあげるから」と言われて、申し訳ないので、となんどもお断りしたのですが、ついに押し切られました。でも、何回か送り迎えをするうちに、多分ばあちゃん面倒くさくなってきたのだと思うのです。最後は怖かったです。。。
まあ、彼女が他人の批判をするのを聞いていると笑えてくるのですが(もちろん後で一人で笑います。恐ろしい。。。)、65歳にしては20代の女子のように物事に反応するので、若いと言えば若いです。でも、本人お疲れだろうと思います。頑張ってね、ばあちゃん。
そうこう言いつつ、彼女の家で散々飲み食いしている私でした。うしし。。。お調子者よのぅ。
車の運転があるので思いっきり飲めないのがいつも心残り。